logo 営みを絶やさないこと


ロシアは一昨年からウクライナに侵攻してその領土の一部を切り取ろうとしているし、ハマスは民衆を盾にしてイスラエルに攻撃をしかけ、イスラエルはその報復として盾にされた民衆もろともハマスを殲滅しようとしている。テレビでも新聞でもネットでも、毎日気の重くなるニュースが伝えられ続けている。人は傷つき、死に続けている。

そんなとき、遠い国からひそかに胸を痛める以外に僕たちにできることは少ない。平和な日本で僕たちは会社に出かけ、スーパーで買い物をして、カフェでコーヒーを飲む。芸人は芸を見せ、歌手は歌を歌う。世界中で今この瞬間にも傷つき倒れて行く人たちのためにコミットしようとしても、彼我のへだたりは大きく、そこに直接のつながりを見出すのは難しい。

こうした認識は僕たちの魂に深刻な危機をもたらす。世界はまるで僕たちの傍らでふたつに分断され、あるいはそれ以上にバラバラに砕け、僕たちは世界と地続きの場所にいる実感が、確信がもてなくなる。世界のどこかに生命の値段がおそろしく下落している場所があるということがフィクションにようにしか感じられなくなる。

そんなとき、僕たちはどんな顔をすればいいのか。暗い顔をして毎日泣き暮らせばいいのだろうか。荷物をまとめて中東や東欧へ飛び、支援活動にでも身を投じればいいのだろうか。おそらくそれは解ではない。ガザ地区やウクライナの人々もそんなことはおそらく望んではいない。

僕たちがすべきなのは、今ここにある僕たち自身の生をあたりまえに生きることである。朝起きて顔を洗い、歯を磨き、電車に乗って会社に出かけ、働いたりサボったりし、同僚と酒を飲みに行き、帰りにコンビニでスイーツを買うこと。恋人とデートにでかけ、映画を見てディナーを食べ、愛を交わすこと。本を読み、音楽を聴き、歌を歌うこと。笑い、泣き、腹を立て、和解すること。そうした僕たちの営みを絶やさないことである。

世界中で行われている苛烈な現実に心を閉ざすのではなく、心はしっかり起きていながらも戦争に心を支配されないようにすること。自分自身の生活を、自分自身の喜怒哀楽を、自分自身のラッキーやアンラッキーを、しっかり自分のものであり続けさせること。自分自身のオーディナリー・ライフを簡単に手ばなさないこと。

2023年は僕にとってあまりいい年ではなかった。今年は自分自身と丁寧に対話する年にできればいいと思っている。


2024年1月
Silverboy



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