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■Poodle Springs Raymond Chandler and Robert B. Parker 1989年
■プードル・スプリングス物語 菊池 光訳 ハヤカワ文庫 1997年

今回、チャンドラー作品のレビューをやるまでこの作品の存在は知らなかった。これはチャンドラーが『プレイバック』の次のマーロウものとして書き遺した4章分の原稿に、自身ミステリー作家であるロバート・B・パーカーが続きを書き足してひとつの作品に仕立てたものである。

チャンドラーが書いたのは全部で41章あるうちの4章だけなので、実体はパーカーの作品なのだが、一応チャンドラーがお題を示した形になっているし、マーロウも出てくるので参考までに紹介しておくことにした。

この作品では驚くべきことにマーロウがリンダ・ローリンズと結婚し、二人はプードル・スプリングスという高級住宅地に居を構えている。しかし彼は上流階級の生活に馴染めず、ダウンタウンに事務所を探し探偵業を再開する。ここまでがチャンドラーの示した設定である。チャンドラーがこの後どんな物語を展開しようとしたのか、それはもはや分からない。

パーカーはここから、博打の借金を踏み倒して逃げているレス・バレンタインという男の捜索を胴元から依頼されるというストーリーを書き継いでいる。パーカーはチャンドラーを初めとするハードボイルド・ミステリーについては造詣の深い人らしいので、それなりに楽しめる作品には仕上がっている。

しかし、読み進めると、ここでのマーロウにはオリジナルにあったような矜持というか自分に対する厳しい対象化の視線がない。パーカーのマーロウは迷い、筋の通らない行動をする。マーロウがなぜヴァレンタインをかばうのかはこの物語の大きなポイントのはずだが、その説得力は希薄だ。

旧作に出てきたアイテムや登場人物を作中に散りばめるのはオマージュとして認めることのできる範囲だが、肝心のプロットやマーロウを初めとする人物造形が不十分で、読み終わった後にも感興のようなものは残らない。もともとチャンドラーと比較されることを宿命づけられた作品だが、それを凌駕できていない。


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