logo Farewell, My Lovely


■Farewell, My Lovely 1940年
■さらば愛しき女よ 清水俊二訳 ハヤカワ文庫 1956年
■さよなら、愛しい人 村上春樹訳 ハヤカワ文庫 2009年

前作より物語として格段にすっきりと整理された印象の長編第二作。登場人物は相変わらず多いし、最後まで読んでも何だったのかよく分からない部分もいくつかはあるが、物語に芯が通っており、読んだあとにしっかりとした手ごたえが残る。

それは何よりもまず、登場人物であるムース・マロイの際立った存在感にある。身長2メートルの粗暴な悪漢だが、かつて愛した女を探し求めて殺人まで犯してしまう彼の言動には、悪漢なりのごまかしのない一途さ、純粋さが見て取れる。物語の冒頭と終幕にしか登場しないのに、その人物をまさに手に取れるように描き出すチャンドラーの筆力には舌を巻く他ない。

マロイがこの物語を紡ぎ出す縦糸だとすれば、横糸はもちろんフィリップ・マーロウである。ここでのマーロウはまるでストレートに答えるのを恥じるが如くだれもかれもに突っかかり、シニカルな軽口で顰蹙を買うが、訳者の村上春樹はそのメカニズムを「含羞がついやくざっぽい水路を辿ってしまう」と看破していてなるほどと思う。

マーロウがソングボークの診療所で匿われているマロイを見つけブルーネットにたどり着く経緯や、終盤におけるレッドの登場の唐突さ、名刺のしみの件が読者に示唆されないことなどは、便宜的で都合のよすぎる感も否めない。しかし、圧倒的な存在感のマロイと若く無鉄砲なマーロウを中心にした大きなうねりにひとたび身を投じれば、物語はひとりでに動き出す。あとはその流れに乗って行けばよい。

物語の最後、マーロウはマロイを彼が探し求めた情婦ヴェルマに引き合わせるが、ヴェルマはマロイを射殺してしまう。これはマーロウの思惑通りだったのか、それとも予想外のハプニングだったのか。物語としては収まるところに収まった感があるが、マーロウはもともとどう事態を収拾しようとしていたのだろう。

いずれにしても、物語をドライブする強いモティーフを内在した初期の名作。この作品から入るのもいい。


Copyright Reserved
2013 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com