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■The Big Sleep 1939年
■大いなる眠り 双葉十三郎訳 創元推理文庫 1959年
■大いなる眠り 村上春樹訳 早川書房 2012年

シリーズ第一作であり、「長いお別れ」と人気を二分するチャンドラーの代表作と言われる。しかし、読んでみれば分かるがストーリーは不必要なまでに入り組んでおり、要約するのは簡単ではない。人は死ぬのだがミステリとしての本筋はそこになく、複雑な事実関係、人間関係を追いかけて行くうちに何か何だか分からなくなるのは請け合い。

結局ラスティは死んでいた、しかも殺したのはカーメンだった、という衝撃の事実が残り数ページで唐突に明かされておしまいになり、そこでようやく読者はラスティの失踪がこの物語の本筋であったことを知るという具合。そこに至る過程も登場人物はムダに多く無用の寄り道あり回収されない伏線あり都合のよすぎる展開あり、序盤で起こる殺人事件が犯人すら分からないまま放置されるのが特にひどい。

正直、ミステリとしては冗長だし破綻もあってとてもじゃないが横溝正史ミステリ大賞には人選しそうもない。しかし、それでもこの作品はいまだに読者をひきつけてやまないのである。

それは、ここに、その後ずっと読者を魅了することになるマーロウの「スタイル」みたいなものが既に完成された形で提示されているからである。それはある種のナイーブさと表裏一体の鋭敏さだ。強さというよりはむしろ空元気とかやせ我慢に近いもの、厚顔になりきれない自分の甘さ、弱さに対する落とし前としてのタフネスなのだ。だからこそそれは単純明快なパワーとしての強さとは異なった種類の共感を呼び起こす。

もうひとつ指摘しておきたいのは、スターンウッド将軍とその娘たち、執事、エディ・マース、シルバーウィグといった登場人物の造形の確かさである。彼らとマーロウとの間のごく限定された形での交情は、まさにそれが限定されたものであることによって、互いの心に、そして読者にも、静かで深い印象を残して行く。

第一作ではあるが、最初に読む作品としてはちょっととっつきにくいかもしれない。


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