logo ウォー・ヴェテラン


1992年に社会思想社から現代教養文庫の一冊として刊行されたものであり、「ディック中短篇集」というサブ・タイトルがつけられている。1952年から1955年までの間に書かれた初期中短編6編を収めており、翻訳はすべて仁賀克雄によるもの。ディックの初期短編を高く評価する仁賀がその時点で未訳であった作品を選んで訳出したものと思われる。コンパクトな短編集ながらタイトル作の「ウォー・ヴェテラン」を除いては他の短編集との重複もなく、ファンなら座右に置きたいところであるが、残念ながら社会思想社は2002年に廃業した由であり、現在では古本を探すしかないようである。

 

The Skull 髑髏 1952 仁賀克雄・訳

コンガーは服役中の刑務所で「議長」の面会を受ける。過去に遡り、対立する第一教会の教祖を殺してくれというのだ。手がかりとなるのは教祖の頭骨。コンガーはそれを手に時間を遡り、教祖が最初に現れたという街に向かった。コンガー自身が教祖だったのだというのが落ちなのだが、これってドラえもんにも似た話があったような気がする。のび太が桃太郎だったってヤツ。初歩的なタイム・パラドクスものだが、ディックの筆の運びは軽妙で一気に読ませる。落ちが分かってからのラストシーンもよくできている。
 

Some Kind Of Life 生活必需品 1953 仁賀克雄・訳

快適な生活を維持するために不可欠な希少物質。それを求めて人類はそこらじゅうの星で戦争をしている。まず夫のボブが火星で戦死し、次には息子のトミーが招集されエウロパで戦死した。そして最後には女性にも出征の命令が出された。最後に出かけたジョアンも土星へと駆り出されて行く。機械だけが整然と動きだれもいない世界だけがそこに残された。分かりやすい理由をつけながら継続される戦争の恐怖もさることながら、いったん進歩すると後戻りできない文明の困難性をも寓意的に示した作品。
 

The Infinites 造物主 1953 仁賀克雄・訳

温暖で水も空気もある、一見何の害もなさそうな惑星。だがその星に生物が生息しないのは、周期的に放出される強い放射線のせいだった。探査宇宙船の乗組員は図らずもそれを浴びてしまう。そして乗組員の身体に変化が表れた。それは急激な進化の過程の進行であったが、その結果彼らはグロテスクな姿に変わり果ててしまう。それを救ったのは彼らより先に放射線を浴び、より高次の存在へと進化を遂げた実験用のハムスターだった。落ちは面白いが全体に意図がはっきりせず、それだけの作品といえなくもない。
 

Tony And The Beetles トニーとかぶと虫 1953 仁賀克雄・訳

ペテルギュースの惑星に住むトニーはその星で地球から植民した両親から生まれた。その星にはかぶと虫に似た原住民がいて、トニーは彼らの子供と仲良しだった。だが、戦闘の形成が変わり、地球軍は彼らの軍勢の攻撃を受けて劣勢に立たされることになった。それが報じられた途端、原住民たちの態度が急変した。友達と思っていたかぶと虫の子供たちに罵られ、石を投げられ、ほうほうの体で逃げ出すしかなかった。ここは盗んだ土地なのだ。太平洋戦争末期の満州からの引き揚げとかを思わせる文学的な作品だ。
 

Martians Come In Clouds 火星人襲来 1953 仁賀克雄・訳

火星人たちが襲来するようになった。見つけだされると容赦なく地球人に焼き殺される。だがそれでも火星人は次々と地球にやってくる。ジミーは帰り道、そんな火星人と遭遇してしまう。火星人はジミーに荒廃した火星のイメージを見せる。そして地球の海面に住みたいのだと訴える。自分たちは人間には無害なのだと。だが恐怖に駆られたジミーは大人たちに通報し、火星人は焼き殺されてしまう。無抵抗の火星人を殺して気勢を上げる大人たち。苦い後味を残す作品で、寓話的、文学的な雰囲気を醸し出している。
 

War Veteran ウォー・ヴェテラン 1955 仁賀克雄・訳

まだ起こっていない戦争の記憶を語る退役軍人が現れた。何らかの理由で未来から時間を遡行してきたらしい。彼によれば地球人は来るべき火星や金星との植民戦争に敗れることになるらしい。そしてその戦争は間もなく始まるというのだ。既に地球人の間では火星人や金星人に対する蔑視、敵視が横行していた。人種偏見のやりきれない狭量さを告発する一方で巧みなSF的アイデアを見せる中編だが、人物造形が今ひとつで意図がはっきりしない。その軍人が実はアンドロイドだったという落ちもどうかと思うが…。



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