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表題作を除いて1963年から1966年に発表された作品を集めた短編集。ハヤカワ文庫から刊行されている。未訳作品をセレクトしており、いずれもこの短編集でしか読めないものばかり。初期の短編と異なり、作品ごとの分量も多く、より手のこんだ作風になっている。

 

Stand-By 待機員 1963 大森望・訳

人間に代わって政治をつかさどるスーパーコンピュータ、ユニセファロン40D。だが、思わぬ異星人の侵入でユニセファロン40Dは壊され、修理には1カ月を要するという。こうした事態のためにあらかじめ大統領の待機員として選ばれていたマックス・フィッシャーは大統領に就任するが、彼は実際には政治能力のないただの労働組合員に過ぎなかった。ニュースクラウンのジム・ブリスキンは大統領選挙を求めて活動を始める。何が言いたいのかよく分からないが、既得権にしがみつく組合の描写が妙にリアルで笑える。
 

What'll We Do With Ragland Park? ラグランド・パークをどうする? 1963 大森望・訳

登場人物は「待機員」と同じ。フィッシャーは何らかの方法でユニセファロン40Dを再び活動不能にし、大統領にとどまっている。テレビネットワークのオーナー、ハダは、人気のフォーク歌手、ラグランド・パークを雇い入れる。彼にはサイ能力があり、彼の作る歌は現実になるのだった。ハダはその力を使って投獄されているジム・ブリスキンを刑務所から奪還しようとするが…。これも正直何が言いたいのかさっぱり分からない。作った歌が実現するフォーク歌手というアイデアは面白いがそれ以上ではない作品。
 

What The Dead Men Say 宇宙の使者 1964 浅倉久志・訳

ルイ・セラピスはウィルヘルミナ証券のオーナーでありたくさんの企業を支配する大金持ち。だが彼は死に、今、半生期と呼ばれる生と死の中間領域にあった。だが、彼の声を聴くためのオペレーションは失敗し、その代わりに銀河の彼方から彼の声とおぼしき未知の声が聞こえ始める。死後も半生の状態がしばらく継続するというアイデアは後に長編「ユービック」に生かされることになる。ストーリーは致命的に混乱しているが、むしろそれを楽しむべき作品かも。何が言いたいのかこれもよく分からない作品。
 

Holy Quarrel 聖なる争い 1966 浅倉久志・訳

コンピュータ技術者のスタフォードはある日、政府の男たちに拉致される。軍事計画コンピュータであるジェナックス-Bが突如警報を発し、核戦争の準備を始めたというのだ。だがそれを支持するようなデータはどこにもない。彼らはジェナックス-Bが故障したと考え、スタフォードにその修理を求める。いったいどのようなデータがジェナックス-Bを誤作動させたのか。あるいはだれも気づかない侵略が用意されつつあるのか。結末は意外というよりバカバカしいが、SFとしては結構楽しめる。落ちのショボさに笑う。
 

Cantata 140 カンタータ百四十番 1964 冬川亘・訳

これは長編「The Crack In Space」の元ネタ。というより長編の前半部分そのものだ。道理で「The Crack In Space」を読んだとき、どこかで読んだことがある気がしたのだ。人口が飽和状態で多くの若者が冷凍睡眠により保存されている社会で、未知の青い惑星につながる空間の亀裂が発見される。ジム・ブリスキンはこれを目玉に史上初の黒人大統領に選ばれる。長編の北京原人の下りは出てこないが、売春衛星など道具立てはそのまま。これも短編にしてはアイデアをぶち込みすぎだろう。未訳長編の代替として。
 

The Eye Of The Sibyl シビュラの目 1987 浅倉久志・訳

ローマ時代と現代を同時に生きる「私」一人称の果てしなくとりとめのない幻想物語。巻末の解説によればこの作品は、いわゆる神秘体験の直後に書かれた作品であり、後の「ヴァリス」などにつながって行く神学的なモチーフが既に窺える。死後に発表された作品で、小説というよりメモに近いものかもしれない。正直普通の人間には何を言ってるのかさっぱり分からない。ディックの書いたものだからといって何でも有り難がってはいけない。分量も少なく、死ぬまで発表しなかったのも無理ないと思わせる一編。
 



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