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1980年にマーク・ハースと選によって刊行された短編集「THE GOLDEN MAN」の訳書(二分冊の下巻)。既存の短編集に未収録の作品を集めたもので、ハヤカワ文庫から刊行されている。原書は1冊だが訳書は2巻に分かれており、本作はオリジナルの後半部分8編を収録。1954年代に発表された作品4編、64年発表が3編、74年発表が1編という構成で、その他にもディックの「あとがき」と「作品メモ」を訳出・収録している。尚、二分冊の上巻は「ゴールデン・マン」のタイトルで同じくハヤカワ文庫から刊行、オリジナルの前半部分を収録している。

 

The War With The Fnools フヌールとの戦い 1964 友枝康子・訳

地球人になりすまし地球侵略を企てる異星人フヌール。彼らは完璧に人間になりすましているが、ただ、身長が60cmしかないのだった。だが、彼らに煙草を与えたところその身長は120cmになり、さらにウィスキーを与えたら180cmになって人間と見分けがつかなくなってしまった。このままでは地球はたやすく侵略されてしまう。その時、彼らが逃げ込んだ地下室には半裸の魅力的な女性がいた。その結果フヌールの身長は240cmになり、彼らは再び容易に見分けられるようになった。バカバカしくも面白いSF喜劇。
 

The Last Of The Masters 最後の支配者 1954 浅倉久志・訳

未組織労働者の革命により世界中の政府が打倒され、核兵器は廃棄された。だが、統制機能を失った世界の文明は退行していた。政府の残党狩りを続けるアナーキスト連盟のトルビーは、ある時、旧政府のロボットを頂点として、秩序だった社会を運営している共同体に行き当たる。だが、そのロボット、ボールズはもはや交換用の部品もなく寿命を迎えつつあった。戦争を起こさないためにあらゆる権力を拒否し、退行した文明の下で生きる人たち。核戦争の恐怖が身近だった時代の鋭い問いかけを含んだ作品だ。
 

Meddler 干渉する者 1954 大瀧啓裕・訳

仁賀克彦訳「干渉者」(「人間狩り」収録)と同一作品の異訳。
 

A Game Of Unchance 運のないゲーム 1964 浅倉久志・訳

火星の開拓地にサーカスがやってきた。彼らがゲームの賞品として提供する値打ちのある品物を手に入れるため、開拓地の人々は村中の農産物をかき集め、念動力のある子供にゲームをプレーさせた。そうやって手に入れたものはマイクロロボット。だがそのロボットは人を攻撃し、火星ネズミを呼び集めては村を荒らすのだった。そこへやってきたのは別のサーカス。彼らがゲームの賞品として提供するのは、ロボットをつかまえる恒常調節式の罠。マッチポンプ的な資本主義への揶揄をこめたブラックユーモア作品だ。
 

Sales Pitch CM地獄 1954 浅倉久志・訳

あらゆる場所に入り込んでくるコマーシャル・メッセージ。聴覚神経や視神経に直接働きかけ、遮断することのできないCM。エドはそんな生活にいい加減うんざりし、プロクシマヘの移住を夢見ていた。ある時、ファスラッドと名乗る万能ロボットが彼の家を訪れ、自らの売り込みを始める。何を言っても帰る素振りも見せない。エドは思い余って小型通勤船で宇宙へ飛び出した。だがそこにもファスラッドがついてくる。スピードを上げ、自壊する宇宙船。今日の社会を予言するかのような広告へのオブセッションだ。
 

Precious Artifact かけがえのない人造物 1964 小川隆・訳

プロクシマとの戦争で荒れ果てた火星を改良し、再び耕作に適した土地に復興する技術者のビスクルは、一仕事を終え、地球に赴いた。そこで彼は地球の復興に力を貸すように依頼を受ける。だが、彼は、戦争が実は地球ではなくプロクシマの勝利に終わったこと、地球人や地球の生き物はもうほとんど残っていないことを知る。表層の下にある荒れ果てた地球の真の姿、ビスクルを懐柔するために贈られる精巧な猫のロボットなど、ディックらしい描写が冴える。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」にも通じる。
 

Small Town 小さな町 1954 小川隆・訳

会社でまったくうだつが上がらず、これまで他人にバカにされるだけの人生を送ってきた男、ハスケル。彼は自宅の地下室に自分の住む町の精巧な模型を作っていた。ある時、勤務先の配管工務店の模型を葬儀場に入れ替えたのをきっかけに、ハスケルは模型の町の「改変」に着手する。ハスケルは仕事を辞め、地下室にこもってこれまでの恨みつらみの赴くまま模型の町を自分の気に入るように改変して行くが…。ここまでで落ちも読めてしまうが、ハスケルの心理描写が丁寧で、スティーブン・キング的に面白く読ませる。
 

The Pre-Persons まだ人間じゃない 1974 友枝康子・訳

人口増加の対策として、「生後堕胎」の名の下に、一定年齢までの子供が「間引き」の対象になる世界。ガントロは自分の子供が回収車に連行されようとしたのに反発し、自らも「未人間」であるから「処分」の対象になるべきと主張して一緒に連行される。内容的には人工妊娠中絶に反対する強烈な政治的メッセージである。ただ、それをいかにもSF的な近未来のエピソードに仕立て上げ、物語にも解決を与えず情景の描写に徹したところにディックの円熟を見る思いがする。着想は素晴らしさは言うまでもない。



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