logo パーキー・パットの日々


1977年にジョン・ブラナー選によって刊行された短編集「THE BEST OF PHILIP K. DICK」の訳書(二分冊の上巻)。この短編集は1983年にサンリオSF文庫から翻訳が出版されているが現在は絶版となっており、本書は1991年にハヤカワ文庫から訳を改めて新しく刊行されたもの。表題作(1963年発表)を除き1952年から1955年までに発表された初期の短編を収録している。尚、二分冊の下巻は「時間飛行士からのささやかな贈物」のタイトルで同じくハヤカワ文庫から刊行、1954年以降の作品を収録している。

 

Beyond Lies The Wub ウーブ身重く横たわる 1952 大森望・訳

仁賀克雄訳「輪廻の豚」(「地図にない町」収録)と同一作品の異訳なのでそちらのレビューを参照されたい。この邦題は「高い城の男」に出てくる作中の書籍「イナゴ身重く横たわる」を意識したものか。「イナゴ」の方は原題が「The Grasshopper Lies Heavy」なので、ディック自身が意識した訳ではなく訳者の仕業だろう。
 

Roog ルーグ 1953 大森望・訳

アルフの飼い犬ボリスはいつも家を守っている。だが、そこに定期的にやって来る侵略者がいる。ルーグ。彼らは食料を奪って行く。ボリスは「ルーグ、ルーグ」と叫んで飼い主にそれを知らせようとするが分かってもらえない。絶望的な恐怖、悲嘆…。これは犬の視点からゴミ収集人を見た作品だとされているが、それだけでは説明しきれない不気味さを描き、逆に犬だけが知っているゴミ収集人の隠された正体を暴いているようにも読める。ゴミ収集人はゴミに混じった卵の殻を食べるのか。そこにファンタジーの扉がある。
 

Second Variety 変種第二号 1953 友枝康子・訳

米ソ戦で地上が廃墟と化した後の物語。既に司令部は月に移転し、地球上では絶望的な消耗戦が続いている。活躍しているのは生き物を発見し、追尾・殺傷する自動兵器クロウ。そしてそのクロウ達はいつしか自らより精巧な自動兵器を開発するようになった。傷病兵や子供そっくりの自動兵器が巧みに兵士に近づき、敵味方なく人間を殲滅し始めたのだ。タイトルは正確には「第二種」という感じで、「変種」という訳語は違ったニュアンスを含むようにも思える。盛り上げ方も最後の落ちも見事な初期の代表作と言える作品。
 

Paycheck 報酬 1953 浅倉久志・訳

技師のジェニングズは高額の報酬で仕事を請け負ったが、機密を守るためその間の記憶を消去されることになっていた。仕事を終えた彼が受け取ったのはしかし意味不明のガラクタばかり。それは彼が記憶を消される前に自ら高額の報酬の代わりに要求したものだった。いったい自分はなぜそんな決断をしたのか。このガラクタは何を意味するのか。ディックのアイデアが冴え渡る。2003年にはジョン・ウーにより映画化された。小説としては便宜的な展開も見られ、良くも悪くもアイデア・ストーリーに留まったのが惜しい。
 

Imposter にせもの 1953 大森望・訳

ケンタウリから防衛網を突破して地球に送りこまれたロボット・スパイ。それは地球人を殺しその人物になりすましているという。オルハムは通勤途上に逮捕され、自分がそのロボット・スパイだという疑いを受けていることを知らされる。身の潔白を証明するため脱走し、ケンタウリからのロケットが墜落した現場を探し出すオルハム。そこにロボットの残骸があればなりすましは失敗に終わったことを示せる。しかしそこでオルハムが見つけたものは…。自分が自分であることの確かさが崩壊する感覚はディックの独壇場だ。
 

Colony 植民地 1953 大瀧啓裕・訳

緑豊かで何の危険もない理想的な惑星。偵察隊は植民に最適な星を見つけだした。だが、そこには思いもかけない罠があった。どんなものにも擬態し、人間を捕食する単細胞の原生動物の存在だ。最初は顕微鏡に、そしてタオルに、カーペットに、彼らは擬態し、人間を食ってしまった。偵察隊は地球に救援を要請する。この原生動物を地球に持ち帰らないよう、全裸で救援機に乗り込もうというのだ。やがて救援機が到着する。次々とそれに乗り込む隊員たち。だがその救援機は…。星新一的なテイストの作品だ。
 

Expendable 消耗員 1953 浅倉久志・訳

昆虫が意志を持って人間と敵対していることに気づいたひとりの男。昆虫たちは彼を抹殺するために総攻撃を仕掛けようとしている。一方で蜘蛛やカエルは人間を守ろうとする。人間と昆虫はもともと別の星系から地球にやって来た敵同士だったのだ。ディックは「ある時耳元でハエがうるさく飛び回るので、こいつは僕のことを笑っているに違いないと思ったのが本作のアイデアだ」と言っているらしい。意図も落ちもはっきりせず、端的に言ってしまえば思いつきの域を出ない作品だと思う。あまり高くは買えない。
 

The Days Of Perky Pat パーキー・パットの日々 1963 浅倉久志・訳

これは「パーマー・エルドリッチ」の原型となった作品。ここでの舞台は核戦争後の地球である。生き残った人々は放射能を避けて地下で暮らしている。そしてパーキー・パットと呼ばれるティーンエイジャーの人形を使った一種の双六遊びに日々の慰安を見出している。だがある時、ここから離れた街ではもっと成熟した人形を使っているらしいという話が伝わってくる。彼らはそのコニー・コンパニオン人形と勝負するため荒地に踏み出すが…。アイデアは「タイタンのゲームプレーヤー」にも生かされている。
 

Breakfast At Twilight たそがれの朝食 1954 浅倉久志・訳

仁賀克雄訳「薄明の朝食」(「地図にない町」収録)と同一作品の異訳。
 

Foster, You're Dead フォスター、おまえ、死んでるところだぞ 1955 友枝康子・訳

核戦争に備えるために全体主義的な締め付けが行われていることを思わせるアメリカが舞台。学校では核戦争を生き残る訓練が行われ、各家庭には核シェルターが備えつけられているが、フォスターの父親は反軍備論者でシェルターを買おうとしない。毎年新型が発売され、すぐに時代遅れになってしまうシェルターの販売競争に疑問を感じているのだ。だがフォスターはそのためにいじめられ、戦争が不安で仕方ない。冷戦期の核戦争への恐怖を戯画的に描いた作品で社会風刺的な色彩も濃い。今日ではやや想像しにくいかも。



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