logo ハラワタを抜かれるのはごめんだ2004


家族承諾で臓器提供可、15歳未満も 自民党が法改正案 (朝日新聞 2004年2月25日)

自民党の脳死・生命倫理及び臓器移植調査会(会長=宮崎秀樹参院議員)は25日、臓器移植法の改正案をまとめた。臓器提供は年齢を問わず「本人の拒否の意思表示がなければ家族(遺族)の承諾のみで行いうる」とし、脳死判定をするかどうかについては「本人の書面による意思表示と家族の承諾を不要」とした。「本人の意思尊重」を基本的理念に掲げる現行法が、臓器提供や脳死判定の要件とする「書面による意思表示」を不要とする抜本的な改正内容で、議論を呼ぶのは必至だ。

(中略)今回の改正案の検討は、現行法が97年10月の施行後、3年をめどに内容を見直すことになっていたのを受けたもので、子どもの脳死移植を認めるかどうかの議論から始まった。現行では、臓器提供の意思表示を有効とする年齢が15歳以上とされている。このため、とくに心臓の場合、臓器の大きさが合わないと移植できないため、子どもの脳死移植は事実上閉ざされていた。

(中略)調査会内には「15歳未満に限って家族の承諾で臓器提供できる」とする案もあったが、患者団体や関係学会の医師らの声を受け、移植件数を増やすためにも、年齢を制限せずに家族の承諾だけで臓器提供を認めるべきだとした。


「臓器の移植に関する法律」を読んだことがあるだろうか。この法律の第6条第1項はこう定めている。

医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。

怖い、実に怖い法律である。この法律のどこを見ても「脳死をもって人の死とする」とは書かれていないのだ。ここではっきり書かれているのは、「脳死した者の身体」は「死体」だということにしよう、ということだけである。

これは何を意味しているのか。何が「人の死」か、ということを考え始めたら大変な議論になって結論が出ないしそうなるといつまで待っても臓器移植なんてできないから、取りあえず脳死した人の身体は「死体」だということにしましょう、臓器移植との関係では脳死した人の身体も立派な「死体」ですよ、だからハラワタを持って行ってもいいですよ、ということだ。

僕は実際に見た訳ではないが、いわゆる「脳死状態」というのはまだ心臓が動いていて体温もあるらしい。医学的にはもう意識が戻る可能性もなく、身体の組織は確定的に「死に始めて」いて、近いうちに心臓も止まって身体は冷たくなり固くなって行くということなのだろうが、僕の素朴な感情からすればこの状態では人は「まだ生きている」。少なくとも自分の近親者がこういう状態にあるときにメスを入れていいですとは僕にはとても言えない。

いうまでもないことだが、「死ぬ」ということは生物として「もう生き返らない」という医学的問題であると同時に、今までそこにある場所を占めていたひとつの存在や営み、関係が失われ、断絶するという社会的問題でもある。それは荘厳で重い問題のはずだ。これ以上待ってると臓器が使い物にならなくなるから、まだ心臓も動いてるし身体も温かいけれど、どうせもう一度目を覚ますことはないし切っちゃっていいでしょ、というのが臓器移植法の基本的な考え方だと思うが、それは「死」というもののこうした社会的な側面をあまりに軽視したやり口じゃないだろうか。

もう確定的に意識が戻らないということは「死」なのか。文学的な物言いを許してもらえるなら、僕たちはだれだって生まれた瞬間から死に始めているのだ。不可逆的に少しずつ死んでいるのだ。仮に「もう元に戻らない」ということが「臓器を取り出してよい」ということの根拠ならば、こうやって呼吸している僕たちからだって臓器を取り出していいことになってしまう。臓器を欲しいがために、「死」とは何かという問題を意識的に回避し、「どうなったら臓器を取り出してよいか」という問題に矮小化することはあまりに不遜な態度であり、結局は僕たち自身の存在を粗雑に扱うことではないのかと僕は思う。

もちろん移植でしか治らない病気にかかって手術を待つ人たちにとってはできる限り臓器提供の機会は多い方がいいだろう。しかし、そのような難病にかかっている人たちの命が尊重されなければならないのなら、事故や病気で脳死に陥った人の最期の命の尊厳もまた同じように重んじられるべきだ。「移植件数を増やすためにも、年齢を制限せずに家族の承諾だけで臓器提供を認めるべき」? この人たちは自分がいったい何を言っているのか分かっているのだろうか。



Copyright Reserved
2004 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com