バカにしないでよ
仮に僕が商社勤務で会社から海外赴任の辞令をもらったとする。それもあんまり治安のよくない中南米とか東南アジアとか中東とか、そういうところにだ。僕としては不安もあるがまたとない出世のチャンスだと考えてその話を受けることにしたとしよう。しかし彼女はそれに納得できないらしい。そんな危ないところに行くのはやめて欲しいと言うのだ。 数日後、僕は会社の上司から呼び出された。何事かと思って行ってみるとこう言われた。「君のつきあってる女の子な、どうも街頭で署名を集めてるらしいぞ。うちの会社に海外への業務展開をやめろという趣旨らしい。どういうことなんだ、君」、「はぁ?」。 あり得ない。あり得ない話である。彼氏に危険なところへ行って欲しくないのなら彼氏と話し合うべきだ。彼氏が聞く耳を持たないからといって、それならおよそ自衛官のイラクへの派遣そのものをやめてくれというのは論理の飛躍という他ない。「隊員を辞めたら」というのはごく当たり前の反応だと思うがそれがショックなのかな。 もちろん自衛隊をイラクに派遣すること自体には賛否もあるだろうし、そういう政治的、思想的信条から自衛隊のイラク派遣に反対し署名を集めるのは自由である。しかし、それを「恋人を奪われる彼女の立場」から切り取ることでノンポリの若者にも自衛隊のイラク派遣を身近に感じさせようというこの記事の作りはあまりに人をバカにしている。 日本は徴兵制を敷いている訳ではない。自衛隊に入るのは個人の自由意思だ。自ら自衛隊に入り、イラク行きを志願する自衛官の彼氏が気に入らないのなら別れればよい。それができないのなら彼氏に志願を思いとどまってくれるように、あるいは自衛隊を辞めるように説得するしかない。それはあなた方二人の間のごく個人的な問題であり、自衛隊のイラク派遣そのものの是非とは何の関係もない話なんじゃないかと思うんだけど。 くどいようだが僕は自衛隊のイラク派遣に反対すること自体をどうこう言っているのではない。反対するならすればよい。署名も集めればよい。それは市民の権利だ。だが、それなら「自衛隊のイラク派遣は憲法上疑義がある」とか「国際政治上有効とは思えない」とか正面から記事を書けばよいではないか。「恋人が戦場に」みたいな情緒的で幼稚な記事を堂々と載せているそのやり方が、反対の論陣としてあまりに姑息で稚拙だと嗤っているのだ。 果たして彼女に「全国で反対署名を展開する運動」のことを教えたのはだれなのか。例えば「イラクで市民の救援活動をしたいとNPOに身を投じようとしている彼を止めるためにイラクでのNPO活動反対の署名をしてください」とか「医者の彼氏が『国境なき医師団』の活動でイラクへ行くといっているので『医師団』の派遣に反対の…」なんて記事は読んだことがない。ダメなのは彼氏が危険な任務でイラクへ行くことなのか、それとも彼氏が自衛官であることなのか。こんな記事を読んで「そうよね、もしあたしの彼氏が自衛官だったら…」なんて考えてしまったナイーブなあなたは朝日新聞に相当ナメられてると僕は思う。 2003 Silverboy & Co. e-Mail address : silverboy@silverboy.com |