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デンマーク代表フェアプレー、わざとPK外し紳士的敗戦 (朝日新聞 2003年2月8日)

フェアプレーで知られるサッカー・デンマーク代表の、香港での「紳士的な敗戦」が称賛を集めている。
デンマーク代表は香港で1日に行われた親善試合でイラン代表と対戦。AP通信などによると、前半終了直前に観客が吹いた笛を、イラン選手が審判の前半終了の笛と勘違いし、ボールを手に取ってしまった。

審判は即座にPKを指示。だが、デンマークのオルセン監督はビーゴルスト主将にPKをわざと外すよう指示し、主将も指示通りに失敗した。

「イランの選手は何が起きたか分かっていなかった。それにつけ込むのは不公正だ」と主将は語ったという。

デンマークは0-1で敗れた。イランの決勝点は、後半2分に得たPKだった。

デンマーク代表は02年日韓ワールドカップで16強に進出。和歌山で事前キャンプを張った。選手のサインをもらおうとバスを追いかけた親子に監督が気づき、ホテル前できちんと応じるなど、紳士的な態度が評判になった。


敵の選手がピッチで傷んでいるとき、ボールをわざとタッチに出して試合を中断し、治療が終わったら相手のチームはボールを出してくれたチームのゴールに向けたスローインでボールを返す。観客は拍手する。よく目にする光景だ。フェアプレーと言われればそうかもしれない。

だが、果たしてこのデンマーク代表の行為はフェアプレーだろうか。仮にこれがワールドカップの出場権がかかった予選の試合だったらデンマーク代表は同じことをしただろうか。いや、もちろんそれはデンマーク代表の主体的な選択だから彼らの好きなようにすればいいのだが、それをメディアは、朝日新聞は、「フェアプレー」だとか「紳士的敗戦」と書いてくれるだろうか。デンマーク国民は納得するだろうか。

紛らわしい笛を吹いて試合を妨害する行為はアンフェアなものだし、時としてそれが試合を狂わせることもある。しかしデンマーク代表がそれを意図してファンに故意にそういうことをさせたのでない限りそれはデンマーク代表の責任ではない。それにも関わらず自主的にPKを外したデンマーク代表の行為を「フェアプレー」とか「紳士的敗戦」とかセンチメンタルに称賛することは、逆に次に同じようなことが起こったとき、それによってPKを得たチームへの圧迫として作用するだろう。そういうことを朝日新聞は考えているのだろうか。

そういえば高校サッカーの岡山県予選決勝でも似たようなことがあった。誤審で延長サドンデスのゴールが見逃され、その結果勝ってしまったチームに対して全国大会への出場を辞退するべきだという意見があったりしたのだ。誤審によって負けてしまったチームは気の毒という他ないが、だからといって勝ったチームに出場辞退を強いるのはおかしな論理だと僕は思った。

本当にその誤審がどうしても受容できないもので、勝敗が覆るべきなのなら、それは日本サッカー協会なり何なりが責任を持って判断すべき問題のはずだ。勝ったチームに出場を辞退するのか、敢えて出場するのかを決める責任を負わせるのは筋が違う。仮に彼らが自主的に出場を辞退したなら、次にもっと際どい判定が問題になったとき、その判定でアドバンテージを得たチームは何を基準に判断すればいいのか。

ルールというのはそうしたギリギリのケースを判定するためにこそあるはずだ。自らには何の落ち度もなくきちんとしたルールに則ってPKの機会を得たり全国大会の出場権を手にしたチームに対して、それを放棄させるような感情的圧力がかかることは僕にはとても恐ろしいことのように思える。繰り返すが、仮にそのPK、その出場権が本当に与えられるべきでないものなら、それを取り消すのはその権限を持った人の仕事のはずだし、その人がその権限を行使しない責任はそれによってアドバンテージを得た者にあるのではない。

念のために書いておくが、僕はデンマーク代表のやったことにケチをつけている訳ではない。ただ、それを「紳士的敗戦」なんて持ち上げてしまう情緒主義が気持ち悪いだけだ。それにしてもこのデンマーク代表のプレー、いったいどこでだれから「称賛を集めて」いるのだろう。僕が愛読しているドイツのサッカー専門紙では「珍妙なことが起こった」と書かれているのだが…。



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