logo W杯総括(3)―残されたもの


1次リーグ・Gグループ最終日、メキシコ×イタリアはロスタイムを残して1-1、同じ時間に進行中だったエクアドル×クロアチアはエクアドルが1-0でリードしており、この試合を引き分ければメキシコもイタリアも決勝トーナメント進出が決まるという情況で、ボールを持ったメキシコは何をやったか。彼らは自陣のディフェンダー3人でロスタイムの4分間、手持ち無沙汰なボール回しをやり続けたのだ。イタリアの選手はだれもこのボールをカットしに行かない。審判までもがあからさまに時間の過ぎるのを待っている。結局ロスタイムが4分経過した瞬間に試合は終了し、両チームはめでたく1次リーグを突破したという訳だ。

その翌日、Dグループでは何が起こったか。アメリカがポーランドに前半だけで0-2とリードを許していた6月14日の午後、ポルトガル×韓国は前半を終わって0-0だった。このまま引き分ければポルトガルも韓国もアメリカをけ落として1次リーグを突破できる。しかも韓国にとってアメリカはソルトレイクでショートトラックのメダルを奪った仇敵だ。後半が始まるときにフィーゴはアンに「引き分けよう」と言ったらしい。しかし韓国はそれに耳を貸さなかった。66分、パクのゴールで韓国はこの試合に勝ってしまう。その結果、優勝候補と目されていたポルトガルは1次リーグ敗退となり、アメリカがグループ2位で決勝トーナメントに駒を進めたのだった。

もしこれが日本だったらどうなっていただろう。無責任な想像でしかないが、仮に日本代表がメキシコみたいに4分間もちんたらボールを回し続けたら、きっと批判が百出するのではないだろうか。テレビが騒ぎ、新聞がたたき、週刊誌がわめき、キャスターやお笑い芸人や政治家が口々にけしからんとがなり立てるだろう。曰くスポーツマンシップに欠ける、姑息だ、正々堂々と戦え、子供に見せられない…。もちろんそれが正論だろう。そして彼らは、仮に日本が残り4分で果敢に攻撃を仕掛け、その結果ボールを取られてカウンターに遭い、逆に負けてしまった場合には、ボール回しをせずに「正々堂々と」負けた日本代表を擁護してくれるのだろう、きっと。

Eグループ最終日、ドイツ×カメルーンは勝った方が決勝トーナメントに進出できるという厳しい試合だった。この試合、日本で地上波中継を担当したのは日本テレビだった。日本テレビは中津江村にレポーターを派遣していた。中津江村といえば言わずと知れたカメルーンのキャンプ地、カメルーン代表の気まぐれな延着に振り回された気の毒なムラとして一躍全国的に有名になったあの中津江村である。集会所に集まり、何のゆかりもないカメルーンの国旗を振ってエムボマを応援する中津江村の皆さんを見ながら、僕はデジャ・ヴに襲われていた。この映像はどこかで見たことがある、あるはずだ、どこだ、どこなんだ、失われた前世の記憶なのか…。

僕が前世の記憶をひもとき始めたそのとき、彼方から聞こえる理性の声があった。「ちゃうちゃう、前世の記憶とちゃうぞ、あれは甲子園や、甲子園やがな」。その通り、その居心地の悪い「地元の皆さんの暖かい応援の図」はまさに高校野球で試合前に紹介される地元の様子にそっくりだったのだ。僕は次に宮崎でドイツ代表を応援する地元の皆さんの映像を待ったが、そんなものは結局出てこなかった。この日、ドイツは完全な悪役扱いだったのだから当然かもしれない。開催国の地上波がそこまで一方の国に肩入れしていいのかというような自問は日本テレビ的には不要だったのだろう。中津江村に中継を振って、応援の子供にインタビューするレポーター。「好きな選手はだれですか」「エムボマ」…。

悪役扱いといえば準決勝のドイツ×韓国も笑えた。この日、国立競技場ではそれまで日本戦でしか行われなかった大画面モニタでのテレビ観戦を急遽行うことになった。もちろん共催国である韓国を応援するためである。ヨーロッパからはるばる12時間かけてやってきた極東の異国で12年ぶりの決勝進出を目指すドイツのことまで考えている余裕はなかったのだろう。当初は韓国のゴールが決まったら花火を上げることになっていたらしい。さすがに開催国が特定国を応援するのはいかがなものかという声が出て花火は両チームのゴールに上げられることになったそうなのだが、それは結果的に正しかった。なぜならこの日、韓国は得点をあげることができなかったからだ。

この試合、地上波ではTBSが放送した。コメンテーターとして出演した明石家さんまがドイツのオールド・ユニフォームを着ていたのはもはや有名な話であり、ドイツが勝ったあとに「これでワールドカップの歴史が守られました」とか「私はサッカーを愛しているからドイツのユニフォームを着たのです」とかのフライング発言もあってそれはそれで研究対象としては面白いと思うのだが、僕は逆にふだん韓国のことなんか何とも思っていないような人たちや日本がアジアの国であることを忘れているような人たちが急に「同じアジアの国として」とか言い出すことの方が大変興味深かった。彼らが本当はあんなに韓国好きだとは僕は知らなかったので。

結局みんな、何を見ても、そこに自分の見たい物語しか見出すことができないということなのかもしれない。もちろん、このワールドカップでサッカーファンの底辺は広がっただろう。バブル的に盛り上がった潮が引いても、そこに残るものはそれ以前より確実に大きいはずだ。しかし、このせっかくの機会にも、自分の見たい物語、自分に理解可能な物語しか見ずに終わってしまった人がたくさんいるのも事実だろう。別にそれは残念ではない。カネをかけた割にはもったいないと思うだけだ。



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