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In Motion 2026 -空気

■ 2026年6月30日(火) 20:30開演
■ 丸の内 COTTON CLUB

Reading, Guitar, Wurlitzer:佐野元春

Piano, Keyboards:井上鑑
Drums:山木秀夫
Bass:坂井紅介
セットリスト  
● 再び路上で
● ああ、どうしてラブソングは
● ベルネーズソース
● 植民地の夜は更けて
● 日曜日は無常の日
● 何もするな
● まだ自由じゃない
● 虹の船
● 世界劇場
● 何がおれたちを狂わせるのか



2017年の「変容」以来のスポークン・ワーズのライブ。今回は井上鑑を中心に、ドラムの山木秀夫、ベースの坂井紅介のトリオ(「井上鑑ファウンデーション」の名義は今回は使われていないようだ)をしたがえ、佐野がメモを片手に詩を朗読するスタイル。一部の曲でアコースティック・ギターと電子ピアノを演奏した。

キャリアのなかでも確実にひとつの時代を画する名作になったアルバム「今、何処」をリリースした佐野が、すぐには新しいマテリアルの制作に入らず、45周年ツアーのライブ・サーキット、再定義アルバムといった周縁的な活動に向かったことは理解できる気がする。「今、何処」で持ち得るものを出し尽くした佐野には、身体の別の部分を動かしてバランスを再調整する期間が必要だったのだ。

今回、佐野が9年ぶりにスポークン・ワーズをやろうとしたこともまたその文脈で理解することができる。なぜならこのスポークン・ワーズというアート・フォームは、佐野にとって、メイン・ストリームのポピュラー音楽、ロックの外側に立ってその表現を洗い直し、批判的に検証し、いつもとは別の視点で見つめたうえでオーバーホールするためのサブ・チャネルとして、伏流水として常に機能してきたからだ。

むき出しの言葉がメロディというパートナーを伴うことなく、ただビートだけを頼りにたたきつけられるとき、そこに生まれる緊張感はロックとはまた別種のものだ。全体性よりは個別の意味性と無意味性への没入、言葉と言葉が互いの摩擦で自然発火するような、ひとときも気を抜くことのできない全集中の瞬間の連続。僕たちは頭のなかのふだん使わない回路を使い、佐野の用意した言葉の共和国へ迷いこむのだ。

この日のライブでもそれは変わることがなかった。両義的、多義的な言葉が佐野と、リスナー双方のなかで像を結ぶ瞬間を僕たちはなんども経験した。それが同じ像なのかはわからない。しかし、言葉の意味の突端から突端へと張りめぐらされた糸を指先でたどりながら、眠らせていた感覚をフルに覚醒させてなにかを感得しようとするヴァイブスは間違いなく目の前の空中にあった。手に取れるほど近くに。

このライブが「空気」と名づけられた理由はこの日唯一披露された新しい詩「虹の船」にあった。

 テクノロジーは眠らない
 アルゴリズムは躊躇しない
 クリックひとつの爆撃
 魂は置き去りのまま
 賢く上書きされた数字
 それが今この時代の空気
  『虹の船』

おそろしい勢いで洗練され続け、極限までムダが省かれて行く世界で、僕たちの血の通った感情までもが切りそろえられてパッケージされようとしている。そんな毎日のことを佐野は摘発する。それはまぎれもなく今ここにある僕たちの生活のことであり、そんな時代の空気に「ごく自然に」慣れて行くことへのアラートである。詩人は炭鉱のカナリアだ。真っ先に悲鳴をあげる。詩人を殺すな。詩人を撃つな。

それを起点にすれば、この日朗読された他の詩もまた、年代を越えて何度もその切っ先を僕たちに突きつけてきたことに気づく。それは詩というメディアのもつ強み、多義的であることの力である。優れた警句は繰り返し有効だ。それは人間のどこかに決して進歩することのない愚かさがどうしようもなく具わっているいるからかもしれない。たとえばこんなふうに。

 永遠に実体のともなわない労働などくそくらえだ!
 遊園地の閉館時間につじつまを合わせるような消費行動などくそくらえだ!
  『ベルネーズソース』

最小限のトリオと佐野との駆け引き、やりとりはあいかわらずスリリングなものだった。作品自体は既発表のものがほとんどだったが、それらはインプロビゼーションと言葉に内在するリズムとのせめぎ合いのなかで活性化され、ステージのうえでもう一度生まれ、真新しい意味を帯びて仕立て直された。山木のドラムは佐野のこのパフォーマンスに不可欠だと何度も感じた。

メイン・ストリームとサブ・チャネルを絶えず往復することで表現は豊かになる。フィードバックは連鎖して行く。久しぶりのスポークン・ワーズは変わらず挑発的だった。蒸し暑い夜は更けて行った。



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