logo 第三次世界大戦秘史


  War Fever (1990)
  邦訳: 第三次世界大戦秘史 福武文庫(1992)


War Fever ウォー・フィーバー (1989) 訳:飯田隆昭

いくつかの党派が離合集散しながらいつ終わるとも知れない内戦を繰り広げるベイルート。少年兵のライアンは国連軍の青いヘルメットをかぶることで停戦を実現できるのではないかと考えそれを実行に移す。ベイルートには束の間の平和がもたらされたが、ライアンは内戦の背景にある恐るべき事実を知る。地球上からなぜ戦争がなくならないかということを逆説的に描いて見せた名作。震撼すべきラストシーンもバラードらしくて見事だ。

The Secret History Of World War 3 第三次世界大戦秘史 (1988) 訳:飯田隆昭

絶大な人気のために再び大統領の職に就いたロナルド・レーガン。だがレーガンは病に倒れ、その病状は刻一刻とテレビ画面に映し出されていた。その合間に第三次世界大戦の開始と終結が告げられる。たった数分で終わったその戦争は、ほとんどだれにも知られないまま忘れ去られた。メディアの中で始まり、終わる戦争。あるいはメディアの中で生き、死んで行く人たち。マクルーハン、ウォーホル、ドゥボールに連なる恐るべき作品だ。

Dream Cargoes 夢の船荷 (1990) 訳:飯田隆昭

危険な化学廃棄物を積んだまま、あらゆる港から寄港を拒否されさまよう貨物船。やがて乗組員は船を放棄して逃げ出し、船員のジョンソンは船とともに無人島に漂着するが、船から洩れ出した化学廃棄物はやがて島の植生に介入し、動植物は異常な繁殖を始める。暴力的に繁茂する奇形の植物の只中で次第に時間の感覚をなくして行くジョンソンの人物造形はバラード作品に共通する「受け容れる男」の系譜に連なる。筒井康隆を思い出した。

The Object Of The Attack 攻撃目標 (1984) 訳:飯田隆昭

レーガン大統領とエリザベス女王を暗殺しようとして今は精神病院に収容されている「ザ・ボーイ」ことマシュー・ヤング。内務省の医務官であるリチャードは、彼を尋問するうち、彼の真の標的が帰還宇宙飛行士でいまや右翼宗教運動のリーダーであるスタンフォード大佐であったのではないかと気づく。宇宙飛行士の精神に生じた空隙や、それを埋めようとするモチーフなどはまさにバラード的オブセッション。エイムズ・ルームが素敵だ。

Love In A Colder Climate エイズ時代の愛 (1989) 訳:飯田隆昭

エイズが蔓延したため若者がセックスを忌避し、出生率が極端に低下した社会。そこでは若い男性は政府から強制的に割り当てを受けた若い女性の元を訪れ、セックスすることが義務づけられていた。デイヴィッドはある日割り当てを受けたルシールに好意を抱くが、この世界では自由恋愛は逆に犯罪と見なされ、ルシールと暮らすためには精管除去手術を受けなければならないのだった。ナンセンスだがバラードらしい逆説が面白い作品。

The Largest Theme Park In The World 世界最大のテーマ・パーク (1989) 訳:飯田隆昭

欧州統合が実現した結果、ヨーロッパ各国の市民たちは競って休暇を取り地中海沿岸のリゾートに向かった。彼らは休暇が終わっても街に戻らず、仕事を放棄してリゾートに住み着く無法の民に変貌する。だが、奇妙なことにそこで彼らは出身国ごとにグループを作り、民族性に富んだ特徴を示し始める。彼らは最後には故国の奪還に向かうという内容。地中海沿岸のリゾートもまたバラードのオブセッションのひとつなのかもしれないな。

Answers To A Questionnaire 尋問事項に答える (1985) 訳:飯田隆昭

殺人事件の犯人に対する尋問と思われるものの答えだけを並べた作品。答えだけなので当然質問は分からないのだが、答えを追って行くうちに、奇跡を行う超越者が出現し、その側近だった回答者が最後に彼を射殺したことが浮かび上がってくる。そしてまた、そのような超越者の出現が世界的に大きな事件であったことも示唆される。スリリングなゲームやミステリのような実験的な作品だが、テーマは神性を問うかなりハードコアなもの。

The Air Disaster 航空機事故 (1975) 訳:飯田隆昭

映画祭の取材のためアカプルコに来ていた主人公のジャーナリストは、その近海に千名の乗客を乗せた大型旅客機が墜落したというニュースを聞き、その現場に向かう。彼は途中で進路を内陸に変更し、墜落した飛行機と散乱する死体を求めて未開の山中に踏み込んで行く。言葉も通じない住人たちが彼の求めに応じて示したのは数十年も前に墜落した戦闘機の残骸と墓から掘り返してきた死体だった。これもちょっと筒井康隆を思い出した。

Report On An Unidentified Space Station 未確認宇宙ステーションに関する報告 (1982) 訳:飯田隆昭

宇宙飛行の途中で修理のために緊急着陸した宇宙ステーションは無人で所属を示す標識もなかった。最初はごく小型のステーションに見えたものが、調べるたびにその規模を広げ、どこまで探索しても果てしなく広がって行く。普通ならステーションは生きていたとかのオチなのだろうが、この作品ではステーションがまるで宇宙そのもののように描かれ、ついには宇宙空間はステーションの内部に存在するとの認識に至る。レムを思い出した。

The Man Who Walked On The Moon 月の上を歩いた男 (1985) 訳:飯田隆昭

イパネマで、引退した宇宙飛行士を名乗って観光客を相手に宇宙飛行のエピソードを語る男の独白。男はかつて巡り会ったニセ宇宙飛行士に惹かれ、彼と共同生活を送った後、彼の死によってその「仕事」を引き継いだのだった。「でもやはり、彼は宇宙へ行ったのだ。他の人間すべてと隔絶した孤独の世界を彼は知り、このおれも見た空漠と広がっている世界を見たのだ」。この一文だけでもこの作品の本質が分かる。重要な作品だと思う。

The Enormous Space 巨大な空間 (1989) 訳:飯田隆昭

妻が家を出て行ったことから、外界との接触を断つことに決めて家に閉じこもった男の話。来客を拒絶し、家の中の食料を食べ尽くした彼の前で、家の中の空間は限りなく膨張を始める。時間と空間は人間の意識と密接につながっているというバラードの基本的な認識がここでも顕著だ。罠を仕掛けては迷い込む犬や猫を捕獲して食べる下りは「ハイ・ライズ」を思わせる。日本の引きこもりもどうせやるならここまでやってみろ。甘美な退行。

Memories Of The Space Age 宇宙時代の記憶 (1982) 訳:飯田隆昭

宇宙開発が放棄され、もはや見捨てられたケープ・ケネディ宇宙センターの周囲に集まってくるかつての関係者たち。そこにはスペース・シャトルの中で起こった殺人事件が大きく影を落としていた。「死亡した宇宙飛行士」にも通じる荒廃した宇宙センターのイメージ、飛行へのオブセッション、自在に伸縮する時間の感覚、短編にモチーフを詰め込みすぎてやや混乱しているきらいはあるものの、ひとつの典型的なバラードの世界である。

Notes Towards A Mental Breakdown 精神錯乱にいたるまでのノート (1976) 訳:飯田隆昭

18語からなる短いセンテンスの一語一語に付した注釈の形式の作品で、このセンテンスはある未発見の文書のタイトルという設定。偏執的な注釈から、未発見文書の作者とされるドクター・ローフリンがその妻に殺されようとした事件が浮かび上がる仕掛けになっている。ローフリンの「おびただしい脚注を付ける彼の習癖」からすれば、この注釈もまた彼自身が書いたという自己言及性の迷宮に迷い込むような実験的な作品。難解だが面白い。

The Index 索引 (1977) 訳:飯田隆昭

「第二次世界大戦後に新しい精神再生運動を興したが、個人的スキャンダルや誇大妄想から世間の憤激を招き自滅した」ヘンリー・ローズ・ハミルトンなる歴史から抹消された人物の未刊行自叙伝の索引という形式の作品。ここではハミルトンがどんな人物で何をしたかが、索引の中から浮かび上がるという仕掛け。言語ではアルファベット順の索引を五十音順に並べ替えたのはいかがなものか。それにしてもバラードはこういうの好きだなあ。



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