logo The Mighty Lemon Drops


HAPPY HEAD (1986)
Happy Head

★★★★
マイティ・レモン・ドロップスはネオサイケの文脈で語られることの多いバンドである。マイティ・ワーやティアドロップ・エクスプローズを思い起こさせるバンド名に加え、エコー&ザ・バニーメンからの影響も強く指摘される。しかし彼らがそうしたネオサイケのビッグ・ネームと異なるのは、彼らがとことん凡庸であるということだ。イアン・マッカロクの切れるような痛みも、ジュリアン・コープの強迫的な狂気も彼らにはない。彼らにできるのはそうしたイコンの輪郭をただ丹念に、誠実になぞってみせることだけなのだ。

こないだフリッパーズ関係のサイトを見ていたら、ラジオ番組でフリッパーズの二人がこのバンドを評して「一皮剥けるかと思ったら」、「剥けてなくて、皮」と発言していて大笑いだった。そう、どこまで行っても一皮剥けない凡庸感こそマイティーズの真骨頂である。しかし、そうした覚醒のない二流のバンドが、例えばネオサイケの最も本質的な部分を体現してしまうのはどうしてなのだろう。手数の多いドラム、遠くまで響き渡るような音色のギター、アクの強いメロディなど、彼らはどこまでもステロタイプに忠実なのだ。

確かにそこには厳しい問いかけとか自分の内実を見つめるモメントとか、そうしたものを音楽に昇華する才能が決定的に欠けている。しかしロックというのは所詮そうしたものではなかったのか。この、あまりにも身も蓋もない、半ばパロディのような典型的ネオサイケを聴くとき、逆にそこに、とにかくこれがやりたいのだという躊躇のなさと愛情の深さが伝わってくる気がする。良くも悪くもそれ以上の領域に達し得なかったことがこのバンドの限界ではあるのだが、デビュー・アルバムとしてはそれこそが力。鮮烈な佳作だ。


WORLD WITHOUT END (1988)
World Without End

★★★☆
8曲入りのEP「OUT OF HAND」を挟んでリリースされたセカンド・アルバム。基本的には前作の延長線上にあり、陰鬱なメロディ・ラインと手数の多いドラム、そして歪まないギターを中心としたネオサイケの流れを汲むギター・ポップであるが、前作に比べればよりソリッドに、筋肉質になった印象を受ける。実際このアルバムからリリースされたシングル「インサイド・アウト」はスマッシュ・ヒットとなり、バンドがアメリカのカレッジ・チャートで強く支持される布石となった。パワー・ポップと呼んでもいいかもしれない。

しかし、その分、アルバムとしてはやや一本調子で面白味に欠ける感は否めない。初期のシングルやファースト・アルバムではネオサイケへの率直な憧憬がそのまま性急さとして無邪気に現れている部分があって、それはプロフェッショナルなバンドとしてはクールに徹しきれない弱みや隙であると同時に、曲を彩るチャームであり愛嬌であった。その隙の多さというか脇の甘さというか、アマチュア臭さのようなものがこのバンドの華であったのだが、このアルバムではそれがかなりの部分削ぎ落とされ、整理されているのだ。

それはプロデューサーの違いによるものなのか(本作はティム・パーマーがプロデュース)、あるいはバンド自身の成長なのかは分からないが、いずれにしても素直な憧憬がバンドの魅力として結実し得た幸福な思春期はこのアルバムでは終わりつつあるということだ。もちろん先に述べた「インサイド・アウト」や「フォーリング・ダウン」のようにその模索の中で彼らの美意識がポップに開花した名曲もあり、作品として相応の評価は受けてしかるべきだが、僕としてはむしろ成長の困難さを実感せずにいられないアルバム。


LAUGHTER (1989)
Laughter

★★★★☆
マーク・ウォリスをプロデューサーに迎えて製作されたサード・アルバム。僕がこのアルバムを買ったのはちょうど大学を卒業して社会人になった年だが、ここでの彼らの変わりようには驚いた。もちろんバンドとしての骨格とかキャラクターは変わりようがないのだが、甘さや隙のようなものが一切なくなったソリッドな音の質感、メリハリが利いて格段に分かりやすくなったメロディ、そしてTOTOかと思うくらいキメが入りまくるリズムとアレンジ、ブラスまで導入したこの全面メジャー展開は何なんだと思ったのである。

その原因の一つはメイン・ソングライターの一人であったベースのトニー・ラインハンがバンドを脱退したことだろう。これによりギターのデビッド・ニュートンが一人ですべての作曲を手がけることとなった。ラインハンとニュートンの実際のソングライティングのクセや分担は分かりようもないが、前作までの楽曲と本作以降のそれとでは明らかにメロディの作りが異なっている印象を受ける。それまで神経質に自閉していたメロディが外側に向けて開かれたと言っていいかもしれない。これはもはやネオサイケではない。

ネオサイケのバンドに通じる「影」のようなものを好むリスナーにはこのアルバムはあまりに明快な光に満ち過ぎていると感じられるかもしれない。このアルバム前後からマイティーズはアメリカのカレッジ・チャートの常連となり、アメリカでツアーも行った。意識的にか無意識的にかは別として、メンバー・チェンジの影響もあっていろいろな意味で抜けのよくなったバンドが、パワー・ポップへと大きく舵を切ろうとしたその変わり目で、一度限りの微妙な化学変化が激しくも美しく発火した奇跡のような作品なのだと思う。


SOUND... (1991)
Sound...

★★☆
アンディ・ペイリーをプロデューサーに迎えて製作された第4作。前作から顕著になったパワー・ポップ路線をさらに推し進めた作品である。古い話で恐縮だが、かつて松田聖子が「青い珊瑚礁」でヒットを飛ばしたとき、その次のシングルとして「風は秋色」という曲をリリースしたことがあった。この曲はあまりにも「青い珊瑚礁」にそっくりでしかも出来栄えという意味では「青い珊瑚礁」に遠く及ばなかった。誤解を恐れずにひとことで言ってしまえばこれはそういうアルバムだ。焼き直し以上の何者でもない作品なのだ。

もちろん前作からの進歩はある。前作での鋭角的な部分を丁寧に面取りして口当たりをよくしているし、ギターもネオサイケの呪縛を離れてより奔放に鳴っている。音作りやアレンジは洗練され、バンドとしての特徴的な手クセは残しながらも、より万人受けするストレートなインディ・ポップに仕上がっているといっていいだろう。しかし、それにも関わらず本作は困難なアルバムだ。なぜならそこには時代というものに対する視線やスタンスが決定的に欠けているからだ。いや、そんなものを彼らに求めても仕方ないのだが。

初めからそうしたモメントとは無縁の気楽なインディー・バンドだったのだから、本作に時代への視線が欠けていることをことさらにあげつらっても確かに意味はないのかもしれない。しかし、これまでネオサイケへの無邪気な傾倒やそこからパワー・ポップへ脱皮しようとするあがきの中にこのバンド独特の輝きが宿っていたのだとすれば、このアルバムではそのような輝きは既にすべて消え失せ、ただ、妙に達者になった手管だけが残ったように思える。どれもこれも聴いたことのあるメロディばかり。何かが終わった作品。


RICOCHET (1992)
Ricochet

★★
ニック・ロビンズのプロデュースによるラスト・アルバム。僕が持っているCDには39.99マルクの値札がついている。このアルバムがリリースされた1992年当時、僕はドイツにいて、デュッセルドルフかフランクフルトのレコード屋でこのCDを買ったのだ。当時CD1枚は32〜33マルクくらいが相場だったから、このアルバムは随分高かったことになる。それでも買ったのはもちろんマイティ・レモン・ドロップスの作品だったからだ。駄作でもいい、だまされてもいい、マイティーズの行く末を僕は確かめずにはいられなかった。

ギター・ポップのアルバムとしてはそれなりによくできていると思う。何よりメロディもアレンジもポップで、それでいてブリティッシュ・インディーズらしい屈折感があり、歯切れもよい。しかしそこには人を引きつけるマジックのようなものはもう何も残ってはいない。ここにいるのは「プロのインディー・バンド」とでもいった、語義矛盾のようなグループだ。ここに収められた曲はどれも前作とよく似ている。この2枚のアルバムの曲をシャッフルして二つに分けても気がつかないかもしれない。見分けがつかないのだ。

このアルバムを最後にマイティーズは解散した。マイティーズには初めから才能などなかった。市場を切り拓く華やあざとさもなかった。彼らはただのインディー・バンドであり、何かをなしとげる器でもなかった。しかし、彼らが残した何枚かのアルバムに僕は強く惹かれ続ける。たとえそれが本作のような駄作だとしたも。遠くドイツで、彼らが最後に残したアルバムを聴きながら僕は何を思ったのだろう。このバンドの持つ凡庸さと頑なさを僕は愛する。そしてその頑なさと凡庸さが起こした一瞬の奇跡を僕は信じる。


その他のリリース

彼らのヒストリーを語る上で見逃せないのはファーストとセカンドの間にリリースされた「Out Of Hand」というEPだろう。イギリスではシングル2枚組4曲入りで、アメリカではミニ・アルバムとしてライブ音源を加え8曲入りでリリースされていたようだ。アメリカ盤のオリジナル5曲+ライブ3曲は、米サイアー盤の「Happy Head」CDにそっくりそのまま収録されているのでこれを探せばよいだろうと思う。

その他にもアルバムに収録されていないシングル曲があるが、チェリー・レッドから2002年にリリースされた初期ベスト「Rollercoaster」にそのうちの何曲かが収録されている。このベストは音源としても貴重だが選曲に愛情があり買っておいて損のないアルバムだ。

他には2004年にデビル・イン・ザ・ウッズというレーベルからリリースされた「Young, Gifted, And Black Country」というラジオ・ライブに、デビュー曲「Like An Angel」がカップリング3曲とも収録されているが、同じ音源は先の「Rollercoaster」でも聴ける。むしろ初期のスタジオ・ライブ音源として貴重なコンピだろう。



Copyright Reserved
2005 Silverboy & Co.
e-Mail address : silverboy@silverboy.com