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スピッツ (1991)
スピッツ

★★★★
僕が何のきっかけでスピッツを聴き始めたのかもはやよく覚えてないのだが、とにかく1992年1月にドイツへ渡るときスーツケースに押しこんだ数少ない邦楽のCDの中にこのアルバムと「名前をつけてやる」が入っていたのは確かなことだ。ポータブルCDプレイヤーに現地で買った粗末な卓上スピーカーをつなぎ、語学学校の寮で草野マサムネのひび割れた声を繰り返し聴いていた。僕はまだ20代の半ばで、1年間に渡ってそんな不自由な生活を送っていたのだ。草野の奇妙な言葉遣いはそのようにして僕に刷り込まれていった。

91年当時、スピッツは時ならぬ「バンド・ブーム」から出たビートパンク・バンドのひとつだと考えられていたと思う。今日に通じるメロディの美しさはもちろんこのアルバムにもその原型を見ることができるけれども、ここではアレンジはシンプルでギターの鳴りが前面に出ており、また草野独特の言語感覚による歌詞もかなり難解で、要するに今よりずっと取っつきにくいヘンなバンドだった訳である。その草野の言語感覚を「文学的」と形容することの是非はともかくとして、文学的な歌詞を歌うビートパンクだった訳だ。

だが、異国で不安と好奇心が入り混じったテンションの高い生活を送っていた僕の境遇にこのバンドがフックしたのは、まさにその取っつきにくさの故であり、奇妙な歌詞が喚起するイメージが僕の原風景とどこかで共振したからだろうと思う。文学的だというのは歌詞の言葉遣いがヘンだという意味ではない。日常とは違う言い回しによって意味性の周縁から周縁へと張り巡らされた細い糸が、言葉の中心的な意味を更新してそこに新しい言語風景を喚起することが文学的ということであり、これはその萌芽を秘めたアルバムだ。


名前をつけてやる (1991)
名前をつけてやる

★★★☆
僕の中ではファーストと分かち難く結びついていて単独で語ることが難しいアルバム。デビュー・アルバムから8ヶ月のインターバルで発売されたセカンドである。基本的にはファーストの延長線上にあり、音楽的にはバンド然としたギター・サウンドがメインだが、どことなく陰鬱で禍々しいイメージもあった前作に比べれば曲調は全体にやや明るく、開放的になっている。また、長谷川智樹のアレンジでオーケストラを導入した「魔女旅に出る」は次のミニ・アルバム「オーロラに〜」につながる重要な布石となっている。

曲がそれぞれすっきりと整理された分、デビュー・アルバムの得体の知れない呪術的な力のようなものは薄れ、アルバム全体としては小粒な印象を受ける。しかし草野の書く歌詞はそのようなノーマルな曲調の中でも、いや、あるいはだからこそ逆にそのいびつさを露わにしている。それはもはや言葉遣いの奇妙さではなく、彼が心に秘めたイメージや妄想のいびつさが表面に現れる言葉を必然的に歪めてしまうということなのだ。そしてその歪みが本来彼一人のものであるはずの妄想を僕たちの中にもはっきりと喚起するのだ。

ファーストではそのような草野の歪みをことさらに前面に押し立てていたような青さ、若さがあって、それは一方でスピッツというバンドの宿命的な特徴をよりデフォルメした形で示すとともに、他方ではスピッツという存在を必要以上にエキセントリックに見せていて聴き手を選別していたことも事実だが、このアルバムではそのようなわざとらしさが剥落した分、むしろ草野の隠し難い資質がはっきりしたということができるだろう。「鈴虫を飼う」や「黄色い花」に見られる切実な孤独の認識に草野の本質を見る気がする。


惑星のかけら (1992)
惑星のかけら

★★★☆
長谷川智樹のアレンジでオーケストラを導入したミニ・アルバム「オーロラになれなかった人のために」をはさんでリリースされたサード・アルバム。再びバンド・サウンドに戻ってコンパクトなフォーク・ロックを中心に聴かせる。デビュー・アルバムに顕著だったエキセントリックなモメントはセカンド・アルバムからさらに整理され、その後のスピッツにつながって行くすっきりしたポップ・ソングへの傾きが見られるが、まだまだ過剰な自意識の片鱗のようなものが残っていて、結果として散漫になってしまったアルバム。

カントリーのスタイルを借りた秀逸なラブソング「僕の天使マリ」やギター・ポップの系譜の中でひとつの原型となり得る「アパート」、ブレイク後のファンにも受け容れられそうな「波のり」など、ソングライティングは大きな進歩を見せており、個々の楽曲のクォリティは決して低くない。しかしこの時期のスピッツは、歪んだ世界観を普通のポップ・ソングのように見せかけてマス・セールスに結びつける魔法をまだ手にすることができず、自らをどちらに導いてよいのか分からず暗中模索していたのだと言えるだろう。

このアルバムで歌われるのは「特別な自分」の「特別な恋」だ。自分が特別であることへの過剰なまでの自意識と、あるいは自分が何一つ特別ではないかもしれないことへの破滅的な怖れである。そんなアンビバレントな自意識に引き裂かれながら、自分にとってかけがえのない自分が他人にとっても特別であることへの憧れ、希求を、当たり前の恋愛やセックスの妄想の中に回収し、自分の体温の届く場所で歌おうとする草野の姿勢こそがスピッツというバンドの信頼の源泉であり、それはこのアルバムで既にはっきりしている。


Crispy! (1993)
Crispy!

★★☆
何をどう間違えたのか、ストリングスはともかくブラス、シンセを大々的にフィーチャーしていきなりゴージャスなアレンジのパワー・ポップになってしまった4作目である。初めてプロデューサーに笹路正徳を迎え、チャートを露骨に意識した派手なサウンド・プロダクションを導入して勝負に出た作品だが、結果的にはセールスもブレイクせず、いかにも中途半端なアルバムだけが残ることになった。草野のソングライティングもどこかヒットを意識したような生硬さがあって、素直に楽しむには正直つらいアルバムである。

「輝くほどに不細工なモグラのままでいたいけど クリスピーはもらった」と歌うタイトル曲では、自らのいびつな世界観とポップなソングライティングの資質との間でどのように折り合いをつければよいのか明確な答えが出せないまま、商業的な成功へと走り出したバンドの逡巡を見るようだ。自分の思い描く世界と実際の世界とのズレを具体的な景色の中に還元してリアルな感情を喚起して見せる草野の手法はここでは上滑りになり、ラブソングは平板になり、急いで答えを求めているような焦りが強く印象に残ってしまう。

もちろん「君が思い出になる前に」や「タイムトラベラー」のような優れた曲も収められてはいる。特に「タイムトラベラー」は、本来はリスナーに分かるはずのない草野の頭の中のストーリーの一断片であるにもかかわらず、描かれたシーンの切実さがそのまま伝わる名曲であり、次作、次々作につながって行くシンプルなギター・ポップに仕上がっていて、他のシングル曲よりもこのアルバムのマイル・ストーンになり得る作品だ。次作以降の展開を考えれば、このアルバムが売れなかったことは実は幸福だったのかもしれない。


空の飛び方 (1994)
空の飛び方

★★★★☆
シングル「ロビンソン」でのブレイク前夜にあたる第5作。同じ笹路正徳のプロデュースだが、商業的に失敗に終わった前作から方向を転換し、草野のポップ・メイカーとしての資質を生かしながら再びギターの鳴りを音作りの核に据えたシンプルでバンド・オリエンテッドな路線に回帰した。とはいえスピッツが初期のビート・パンクに後戻りした訳ではもちろんない。曲調は前作にも増してポップになっているのだが、それを過剰に飾り立てず、必要最小限のアレンジでストレートに歌いきるというひとつの覚醒を果たしたのだ。

その意味で「ロビンソン」のブレイクは本作で既に約束されていたとも言えるし、むしろそれは遅すぎるブレイクだったとすら考えられる。本作の先行シングル「青い車」こそスピッツの新しい覚醒を示すエポックメイキングな作品だったのであり、「おいてきた何かを見に行こう」と歌ったこの曲で草野は自分の歪んだ妄想をそのままにして世界と渡り合う魔法を手にしたのだ。彼にはもう「おいてきた何か」を惜しんだり取り戻したりする必要はなかった。「もう何も怖れない」と高らかに宣言した草野の自信こそ本作の核だ。

このアルバムではヘンな自分のまま走り続けることへの意志が繰り返し歌われる。あからさまな性的な暗喩も多い。むしろそうしたいびつな自意識が走り続けるための最も強い武器になるということを草野は悟ったのであり、そしてそれを最も効果的に響かせるために自分のポップ・センスがどのように機能し得るか、その原型を示したのがこのアルバムに他ならない。「ロビンソン」でのブレイク、そしてそれ以降のスピッツへと直接結びついて行くプロトタイプとして、そして何より秀逸なポップとして高く評価すべき作品。


ハチミツ (1995)
ハチミツ

★★★☆
「ロビンソン」のヒット直後にリリースされた第6作。プロデューサーは引き続き笹路正徳。前作で獲得した魔法をそのまま推し進め、シンプルなギター・サウンドで草野の特徴あるポップなメロディを牽引して行く。これ以降スピッツの「王道」となって行くこのスタイルは前作で既に提示されていたが、ここではシングルヒットの裏づけを得て、アートワークなども含めより「メジャーらしい」プロダクションになっているような印象を受ける。出世作であり、本作で初めてスピッツのアルバムを聴いた人も多いかもしれない。

だが、収録された曲のポップさという意味では本作は前作に遠く及ばないように思う。特に「ロビンソン」のヒットを受けてリリースされたシングル「涙がキラリ☆」は悪くはないもののテンポも中途半端で聴いていてカタルシスのあるポップ・ソングではない。それは冒頭のタイトル曲を初め他の曲の大半にも言えることで、ここでの草野のソング・ライティングはどこか影を秘めた、簡単には解放に向かわない意固地さのようなものを基調にしているようにも思えるのである。僕自身思い入れの抱きにくいアルバムなのだ。

それはなぜなのだろう。あるいはそれはシングルヒットによってメジャーに祭り上げられることへの草野の無意識の躊躇だったのかもしれない。「ロビンソン」型のフォーク・ロック/ギター・ポップ系の曲をもう一つくらい作ることは草野にはそれほど困難ではなかったはずだ。だが、ここでは「ロビンソン」を除けば最もポップであるラストの「君と暮らせたら」すら、最後に大きく曲調を転じてそのままポップに歌い切られることを拒んでいるかのようだ。その逡巡がアルバム全体をどこか思い切りの悪いものにしている。


インディゴ地平線 (1996)
インディゴ地平線

★★★★
7作目のアルバム。「Crispy!」以降のスピッツを手がけている笹路正徳が本作でもプロデュースを担当。基本的には前作、前々作の路線を継承しているが、本作では音作りがややロック寄りになり、ギターの音にも多くの曲でディストーションがかけられている。曲調やメロディは必ずしも親切でなかったりもするのだが、前作と違って逡巡のようなものは感じられず、これをやる、これでいいというある種の確信のようなものがあるので安定感は格段に増している。メジャーとしての自分たちの居場所を確認したように思える。

そのような確信は曲の展開の確かさに表れている。アルバム冒頭に置かれたオーバーチュア的な小品である「花泥棒」から「初恋クレイジー」の歯切れのいいピアノのイントロへの流れは、それだけでこのアルバムの強さを示唆しているようだ。「渚」はどこまでも解放のないどちらかといえば地味な曲だが、この曲をシングル・カットしたところに彼らの本作への自信を見ることができるのではないか。それは前作を象徴する「涙がキラリ☆」の中途半端さとはまったく違った種類のアンチ・クライマックスなのだと僕は思う。

曲調は不親切だと書いたが、「ナナへの気持ち」や「バニーガール」、「夕陽が笑う、君も笑う」などのサビへ駆け上がって行くポップな思い切りのよさは、決して声量が豊かな訳でもない草野の息も絶え絶えなハイトーンと相まって、スピッツというバンドの最前線を確実に指し示している。先行シングルでオーソドックスな「ロビンソン」タイプの「チェリー」がむしろ陳腐に思えるくらいこのアルバムでのスピッツは確信犯的にシフトアップして、次の地平を目指して離陸するための滑走に入ったのだ。方向を示した作品。


フェイクファー (1998)
フェイクファー

★★★★☆
カーネーションの棚谷祐一をプロデューサーに迎えて制作した第8作。「空の飛び方」以降の路線から大きく逸脱している訳ではないが、「運命の人」でのデジタル・ビートの導入や、「謝々!!」でのブラス・アレンジなど、音楽的な幅はグッと広がり、歌詞、メロディともよりはっきりとした覚醒感に裏づけられたこの時期のひとつの頂点ともいえる作品である。唯一笹路正徳のプロデュースによる先行シングル「スカーレット」をはじめ、「運命の人」、「冷たい頬」、「楓」と4枚のシングルを収録した堂々たる代表作だ。

このアルバムで特筆したいのは「謝々!!」の歌詞が見せるビジョンの広さ、視点の高さである。「じかに触れるような」とか「赤い土にも芽吹いた」といった言葉のもつ新しさ、清らかさ、そして何より「今ここにいる」ことに対する限りない肯定性。あるいは「記号化されたこの部屋からついに旅立っていく」、「新しいひとつひとつへ」と歌いきった身もフタもない直接性。それまでのスピッツには見られなかったこれらのモメントをドンピシャのブラス・アレンジでファンキーに聴かせる自信は次作へとつながる覚醒の証だ。

このアルバムでの達成は一朝一夕になされたものでない。曲調やアレンジ、サウンド・プロダクションの拡張は棚谷の助けを得て実現したものだろうが、それを受け止めるためには個々の楽曲にそれだけの実体がなければならないはずだ。ここで重要なのは草野のソングライティングやバンドとしての一体性、有機性が外部プロデューサーの力量と拮抗するだけのボディを確実に備えているということ。本作を区切りとして、このあとスピッツは次作の発表までベストのリリースをはさみ2年以上のインターバルを置くことになる。


ハヤブサ (2000)
ハヤブサ

★★★★☆
前作から2年以上のインターバルを置いてリリースされた第9作。プロデュースにスクーデリア・エレクトロの石田小吉を迎え、これまでのサウンド・プロダクションから大きく踏み出した意欲作である。草野のソングライティング自体はあくまで彼自身の内的な必然性に立脚しているのだが、それを最も効果的に伝達するためのメディアとしてのアレンジ、サウンド・プロダクションはこれまでの枠を越えて多様になり、収録曲も14曲と多く、結果として一種のショーケースのようなカラフルで実験的な仕上がりの作品となった。

特にやかましいパーカッションとディストーションのかかったギターで音の壁を作る「メモリーズ」や、大胆にレゲエを導入した「8823」などは、夢見がちでメロウに思われるスピッツの音楽の奥に潜む闇雲で危ういモメントをむき出しにするようだ。草野の弾き語りに胡弓をフィーチャーした「ジュテーム?」のミニマムな完成度や「さらばユニヴァース」のドラマティックな駆け上がりも評価されるべきで、こうした多様な楽曲が全体としてこのアルバムをコンセプチュアルに統合しているさまは驚嘆に値すると言っていい。

従来型の「ホタル」や「アカネ」、「放浪カモメはどこまでも」のような曲も、このアルバムの中にあっては、よりダイナミックな振幅の中でそこにあることの意味が再び問い直され、それでもこのアレンジでここにあるべき必然性を強く主張することでスピッツとしての核のようなものが一層はっきりと自覚されている。ベスト・アルバムのリリースを巡ってメーカーと激しく対立したバンドが、これまでのすべてのヒット曲を凌駕するような力強いアルバムで自らのポテンシャルを示し目指すべき方向を明らかにした問題作。


三日月ロック (2002)
三日月ロック

★★★★
亀田誠治のプロデュースによる第10作。前作で見せたカラフルな広がりから一転して、ロック・オリエンテッドでアクの強い作風になった。どの曲も影を秘めたように暗い輝きを放ち、いつになくアクの強いメロディ・ラインがハードなギターリフでドライブされて行く。「水色の街」、「さわって・変わって」、「ハネモノ」、「遥か」と4曲ものシングル曲が収録されているのにもかかわらず、王道であるメロウなフォーク・ロックはかろうじてアルバムの1年以上も前にリリースされた「遥か」くらいしか見当たらないのだ。

この取っつきにくさは初期のアルバムを思い起こさせる。僕たちはこのアルバムでもう一度、スピッツが歌っているのは結局のところどれもこれも草野マサムネの個人的な妄想に過ぎなかったことを思い出すのだ。僕たちは草野が見ている夢の中にいて、どんなにポップに聞こえても、その実どこかに本質的で宿命的な歪みを抱えたおかしな世界のパースペクティブを見ているのだ。それはどのアルバムでも本当は同じことなのだが、ここでの草野はそれを甘い砂糖衣でコーティングすることすらもう必要ないと決めたようなのだ。

もちろんその背後にあるのはあふれんばかりの自信である。「夜を駆ける」のような決してポップでも明るい訳でもない曲をアルバムの冒頭に置いた時点で、草野の内向的な情熱がこのアルバムの底流を形作り始めていたのだ。ここには草野のむき出しの欲望があり、飢えがあり、渇きがあり、そして悦びがあり救いがある。1曲に詰めこまれた熱量は確実にレベルアップし、親切なメロディラインなしでもそれを流通させてしまう力を彼らは手にした。ナイフを当てれば血が滴るような、彼らのナマの熱を宿した力作だと思う。


スーベニア (2005)
スーベニア

(「2005年1・2月の買い物」参照)


その他のリリース

ここに紹介したオリジナル・アルバム以外のリリースを押さえておこう。まず、1992年に5曲入りミニ・アルバム「オーロラになれなかった人のために」がリリースされている。長谷川智樹のアレンジによりオーケストラを導入した実験作であり、この5曲は他のアルバムには収録されていない。「海ねこ」を除いては静かで地味な印象の作品で、アルバムで言えば「名前を…」と「惑星の…」の間に位置することになる。

次にシングル・リリースについて。スピッツのシングル曲はほとんどオリジナル・アルバムに収録されているが、カップリングについては大半がアルバム未収録である。1999年に、デビューからそれまでのアルバム未収録曲を集めた「花鳥風月」がリリースされるまで、これらの曲を聴くにはシングルを1枚ずつ買い集めるしかなかった。このアルバムでは「旅人」、「俺のすべて」、「コスモス」などのシングル・カップリング曲の他、他のアーティストへの提供曲の新録や初期のアウトテイク、メジャー・デビュー前のインディーズ盤からの曲なども併せて聴くことができるが、何といっても名曲「猫になりたい」(シングル「青い車」カップリング)が最大の聴きどころだと思う。

その後、2004年に同様のコンセプトで「色色衣」がリリースされている。「花鳥風月」以後のオリジナル・アルバム未収録曲を集めたコンピレーションだが、デビュー当時の未発表トラックも収められている。このアルバム以降にリリースされたものを除けば、シングル・カップリング曲のほとんどは「花鳥風月」と「色色衣」で聴くことができる。

尚、1999年にリリースされた3曲入りの「99ep」は全曲が「色色衣」に収録された(但し一部はリミックス)。



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