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自由の岸辺 La Costa Libre

2018.5.23発売 DaisyMusic
POCE-9395 [特別編集版(CD+DVD)]
POCE-3812 [通常盤(CD)]
POJE-9010 [LP]

DMA-041 [CD] (2021.12.21)

PRODUCER:
佐野元春
CO-PRODUCER:
大井洋輔
RECORDING ENGINEER:
渡辺省二郎
MIXING ENGINEER:
渡辺省二郎
MASTERING ENGINEER:
Gavin Lurssen

作詞・作曲・編曲:
佐野元春(ex.M-8)、Blue(M-8)
ハッピーエンド Happy End
僕にできることは Things I Could Do
夜に揺れて Night Swinger
メッセージ The Message
ブルーの見解 Visions Of Blue
エンジェル・フライ Angel Fly
ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
 A Napoleon Fish Day

自由の岸辺 La Costa Libre
最新マシンを手にした子供達
 Pop Children With The New Machine

ふたりの理由、その後 The Soul Mate Story
グッドタイムス&バッドタイムス
 Good Times & Bad Times



2011年の「月と専制君主」の続編となるセルフ・カバー・アルバム。先行シングルとしてiTunes Storeで配信販売された『こんな夜には』をカップリングの『最新マシンを手にした子供達』とともに収録(『こんな夜には』はアルバム収録に際し『夜に揺れて』と改題)。

パッケージはCDの他に限定でアナログLPが発売されている(アナログには『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』が収録されず、曲順もCDとは異なる)。また初回限定の「特別編集版」として、『夜に揺れて』『ハッピーエンド』のビデオ・クリップと『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』他2曲のライブ・シーンを収録したDVDを同梱したスペシャル・パッケージも発売された。

大半の曲はアルバム「MANIJU」とほぼ同時期となる2016年5月から2017年初までにレコーディングされたもののようであるが、『メッセージ』のみ2017年12月の録音。また、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は2001年の録音でシングル『君の魂 大事な魂』のカップリングとして発表されたバージョンと同じ録音だと思われる(但しサイズは異なる)。

プロデュースは佐野元春、コ・プロデューサーは大井洋輔、エンジニアは渡辺省二郎と、「MANIJU」と同じ布陣となった。アーティスト名義は「佐野元春&THE HOBO KING BAND」となっているが、ギターは『ナポレオン・フィッシュと泳ぐ日』を除いて佐橋佳幸ではなく長田進が担当。

タイトル曲となる『自由の岸辺』は1989年に佐野元春と石川ひろみの覆面デュオであるブルーベルズの名義でリリースされたもの。この曲のみ作詞・作曲・編曲のクレジットが佐野の変名である「Blue」となっている。

また、『ふたりの理由、その後』は小坂忠に提供したバージョンをベースにしたもので、アルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」収録の『ふたりの理由』でポエトリー・リーディング形式だったバース部分に新たに歌詞とメロディを乗せたもの。


「月と専制君主」と同様、過去のレパートリーが新しいアレンジで、時に歌詞やメロディまでもを大胆に作り変えられている。収録された曲の多くはこのところ毎年ビルボード・ライブで行われている「Smoke & Blue」というアコースティック・セットによるライブで披露されたもの。

過去の曲を「仕立て直し」することの「意味」については、2017年の同ツアーのライブ・レビューに書いたので参照して欲しいが、結局のところ、これは、佐野の楽曲が具える普遍性を更新して現代の問題意識に改めてフックさせようとする企てだということだ。

重要なのは、佐野がそのような企てを、決して一時の思いつきではなく、彼自身のメイン・ストリームの活動と並行する形でコンスタントに行っていること。ここで再発見された豊かな鉱脈はメイン・ストリームの表現を活性化し、逆に最前線で新しく手にした果実は過去の曲にフィードバックされる。そうした相互参照のサイクルこそが、佐野の音楽表現を前へ押し出して行くのだ。

そのような意図のもと、佐野は前作同様、ホーボー・キング・バンドとともに洗い替えの作業を進めて行った。曲想にはバラエティがあるものの、基本的には長田のギターやDr.kyOnのピアノ、オルガンが特徴的な、ダウン・トゥ・ジ・アースなカントリー・ロックとでもいったものが中心になっている。

セカンド・ラインに乗せたニュー・オリンズ調の泥臭いR&Bに仕立て直された冒頭からの4曲中3曲、『ハッピーエンド』『夜に揺れて』『メッセージ』がよくも悪くもこのアルバムのトーンを大きく支配しているのは否めない。特に『夜に揺れて』から『メッセージ』への流れはやや単調に聞こえ、アルバム全体の構成という点からはどうだったのかとも思う。

しかし、丁寧に聴きこめば、佐野がジャズ・ロックと形容する『ブルーの見解』、ジャム・ロック調の『ナポレオン・フィッシュと泳ぐ日』、ラテン・フレイバーが強調された『自由の岸辺』、そしてレゲエに仕立て直された『グッドタイムス&バッドタイムス』など、多彩な輪郭を具えた曲のひとつひとつが次第に際立ってくるだろう。

また、先に指摘した通り、一部の曲で大胆に歌詞が書き換えられているのも大きな特徴だ。オリジナルでは英語でスピードに乗せて歌い飛ばされていたフレーズの多くが日本語に直され、時としてビートとぶつかり合いながら、それぞれの言葉が現代に持つ意味を改めて問うている。時として違和感のある言い換え、英語のままで残してもよかったようなフレーズもあるにはあるが、そのような違和感も含めて、日常の予定調和的な言語感覚を蹴飛ばすことがおそらくは佐野の意図なのではないかと思う。

2001年録音の『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』を収録したことには賛否があるだろう。佐野によれば「バンドの素晴らしさがすべて詰まっているスーパーなトラック」ということだが、CCCD規格のシングル『君の魂 大事な魂』(2003年)のカップリングとしてしかリリースされていないことから、このアルバムに収録されたということのようである。

ポップ・ソングとしては長きに過ぎ、また、アルバムの中でも他の曲と手触りがかなり異なっているが、そのような歴史的音源としての再録はやむなしか。そういうことであればボーナス・トラック扱いでもよかったかもしれず、実際アナログ盤には収録されていない。

セルフ・カバー・アルバムとして、オリジナルに近いアレンジの曲や、以前からライブで披露されてきたアレンジをベースにしたものもあるが、単なるオリジナルの再録、新録にとどまらず、その曲が現代に要求するアレンジをゼロ・ベースで組み立て直したという点で、オリジナル・アルバムに準じる重要性のある作品になった。



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